カラヤン指揮:ベートーヴェン《英雄》、「交響曲第7番」
カラヤンのベートーヴェン交響曲全集のなかでも、特異な映像です。《英雄》と「第7番」は、フーゴー・ニーベリングの監督で撮影されていますが、ここでオーケストラは3つのひな壇状のボックスのなかに置かれ、カラヤンはそのボックスの前で指揮する形で撮影されています。コンサートでは考えられない非現実的な形態ですが、当時の時代性や志向、モダニズムが感じられ、かえって貴重な作品となっています。必見映像です。
カラヤンがベートーヴェン指揮者としてデビューしたのは、1931年ウルムでのことでした。当時23歳のカラヤンが選んだのは交響曲第3番《英雄》。これは地方オーケストラの駆け出しのカペルマイスターとしては野心的な選択でした。若きカラヤンは、ワーグナーの流れを汲むロマンティックなベートーヴェン演奏の伝統と、トスカニーニやR・シュトラウスらが主導していた機敏で透明性の高いスタイルとを融合しようと試みましたが、それは容易な作業ではありませんでした。彼は後に交響曲第7番に関してこう回想しています。「私が若い頃のドイツでは、この曲のフィナーレは今よりもずっと遅いテンポで演奏されていました。『それは間違いだ』と思いましたが、当時の私はこの音楽の本質を理解していなかったので、この伝統から離れることができませんでした」
カラヤンがベルリン・フィルの芸術監督に就任した際、オーケストラは彼の指揮が生み出す圧倒的な力に魅了されました。1960年代から70年代にかけて、カラヤンとベルリン・フィルによる半ば伝説と化したベートーヴェン演奏は、ヨーロッパ、日本、アメリカのあらゆるホールで披露され、同時にレコーディングされていくこととなります。1971年、フーゴー・ニーベリング監督が収めた交響曲第3番と第7番は、カラヤンのベートーヴェン交響曲全集の中でも特異な映像です。ここでオーケストラは3つのひな壇状のボックスのなかに置かれ、カラヤンはそのボックスの前で指揮する形で撮影されています。《英雄》の第1楽章の展開部で、音楽が不協和音によって頂点に達する箇所では、トランペットの開口部に光と焦点が当てられ、独自のドラマティックな効果が作り出されます。
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